そう、9月だし。
中秋の名月。高校の時に習った英語では”Harvest Moon”。収穫期に見える月だから、って話だったようだけど。でも欧米では「月を愛でる」という習慣ってあまり無いような‥ と言うのも月の光は人間を狂気に変えると信じていたから、と英語辞書に載っていたから。
たまたま見たニュースで仲秋の名月の話が出ていたり、前述の”サザエさん”での月見の話があったりと何故か今年に限って月見に行き当たる。なんだろう、これは私に月見をしろ、という天の声なのかな?まあ休みだし見れるだろう。
ところが中秋の名月の当日、9月14日は天気が悪かった。雨が降ってきたりしてたし。なんだ、見れないじゃん。って事ですっかり月見の事は忘れてしまった。何と切り替えの早い話。年中行事みたいなもんだし。特に思い出に残るイベントでも無いし。
そんな風にすっからかんに忘れていたのだが、夜に家に帰るときにふと夜空を見上げるとかなり明るい。ああ、月だ。満月では無いみたい。満月マイナス0.5くらい?そう言えば中秋の名月って天気は悪かったし月見はしなかった事を思い出した。
そんなかなり明るい月を見ていると何とはなしに「何で月見をしなかった!ぷんぷん」って言っているような気がし出した。 ‥かなり頭が悪いな、コレは。何で月を擬人化?しかも天気が悪いから見れなかったのであって忘れていたわけでは無い。
昔の話を思い出した。家族で車で家に帰っている途中、私が親にこんなことを言ったそうだ。「お月さんがずっと追いかけてくるけどなんでかな?」 はは。確かにあまりに遠い距離にある物体なんでそうも見えたんだろうな。子供な話だ。

とりあえず携帯で写真を撮ってみる。夜景モードにしたけど月が見事に飛んでしまって街灯と区別がつかない。あーあ、失敗、失敗。夜景モードでは無く、こんなに明るいのだから普通の遠景モードで撮っても良かったのかも知れない。
ごめんよ、お月さん。今年の月見は忘れていたわけじゃないんだよ。でも写真すらろくにちゃんと撮れていないし。お詫びに来年はきちんと月見団子をお供えしてお月見するから。今年はこれで勘弁してください。
中秋の名月。高校の時に習った英語では”Harvest Moon”。収穫期に見える月だから、って話だったようだけど。でも欧米では「月を愛でる」という習慣ってあまり無いような‥ と言うのも月の光は人間を狂気に変えると信じていたから、と英語辞書に載っていたから。
たまたま見たニュースで仲秋の名月の話が出ていたり、前述の”サザエさん”での月見の話があったりと何故か今年に限って月見に行き当たる。なんだろう、これは私に月見をしろ、という天の声なのかな?まあ休みだし見れるだろう。
ところが中秋の名月の当日、9月14日は天気が悪かった。雨が降ってきたりしてたし。なんだ、見れないじゃん。って事ですっかり月見の事は忘れてしまった。何と切り替えの早い話。年中行事みたいなもんだし。特に思い出に残るイベントでも無いし。
そんな風にすっからかんに忘れていたのだが、夜に家に帰るときにふと夜空を見上げるとかなり明るい。ああ、月だ。満月では無いみたい。満月マイナス0.5くらい?そう言えば中秋の名月って天気は悪かったし月見はしなかった事を思い出した。
そんなかなり明るい月を見ていると何とはなしに「何で月見をしなかった!ぷんぷん」って言っているような気がし出した。 ‥かなり頭が悪いな、コレは。何で月を擬人化?しかも天気が悪いから見れなかったのであって忘れていたわけでは無い。
昔の話を思い出した。家族で車で家に帰っている途中、私が親にこんなことを言ったそうだ。「お月さんがずっと追いかけてくるけどなんでかな?」 はは。確かにあまりに遠い距離にある物体なんでそうも見えたんだろうな。子供な話だ。

とりあえず携帯で写真を撮ってみる。夜景モードにしたけど月が見事に飛んでしまって街灯と区別がつかない。あーあ、失敗、失敗。夜景モードでは無く、こんなに明るいのだから普通の遠景モードで撮っても良かったのかも知れない。
ごめんよ、お月さん。今年の月見は忘れていたわけじゃないんだよ。でも写真すらろくにちゃんと撮れていないし。お詫びに来年はきちんと月見団子をお供えしてお月見するから。今年はこれで勘弁してください。
100円。ま、100円だな。
最近の世代はどうか知らないけど、小学生の時、たぶん1,2年生のころまでだろうか。100円って身近な大金だった。当時の最高金額貨幣(←500円がお札の時代、って昭和57年以前ってことだな)だったし。とりあえずもらえたらうれしいお金。
思い出してみると昔住んでいた家の近所の駄菓子屋(←パン屋合体バージョンと本当におばあさんが営んでいるバージョンの2箇所)で買い物をすると、とりあえず両手いっぱいにお菓子が買えた。それこそ1個10円20円の世界だから。
そんな中登場したのがビックワンガム。いや、それ以前からあったのかも知れない。それが1個100円!なんて高価なんだ!とか思った。さすがに貴重な100円は使えずに親とかにねだって買ってもらったような。
そのうち150円のデラックスビックワンガムなんて登場したときはもう高嶺の花。だから当時の”ガンプラ”、1/144なんて本当によっぽどの事がないと買ってもらえなかったし。当時の大人気商品なんで欲しくてお金があっても手に入らなかったけど。
なんでそんな昔話を思い出したかというとなぜか100円と遭遇することが多い日だったから。いや、別に財布の中には100円くらいは入っているけど。電車に乗って珍しく椅子に座れたが、横に座っていた人が椅子から立ち上がるとなぜかそこに100円が落ちている。
そう、紛れもなく100円。なんで落ちているんだ?たぶん、隣に座っていた人が財布を開け閉めしている拍子に落ちたのだろう。とりあえずまだ車両を降りていなかったその人を呼び止めた。何で私?見たいな感じ。ま、私もその人が落としたのか確信は無いけど。
確かに大金でもないからそう思われても仕方ない、か。でも捨てるようなお金でもないし。そういった意味では微妙な金額なんだな。でも結局のところ、その100円はその人の財布に入っていった。うーん、確かにその人が落としたのかどうかは微妙だな。
で、今度は帰り道。エスカレーターを上がっていて、ふと降り口のところを見るとまたまた100円が落ちている。ちょうどエスカレーターの吸い込み口(←って、言うのかな。正式名称が判らない)に100円がある。当然ながら吸い込まれないのでカタカタ動いている。
前の人に声を掛ける。100円落としましたよ、って。でもその人は私のとは違います!と言う。いや、怒らなくてもいいでしょ。じゃ、誰の?みたいな。よほど拾おうかとも思ったけど下から人は上がってくるし、あの吸い込み口は少し怖いし。
そんなわけで100円はそのまま放置。さすがに人が収まったら誰か拾うだろうとは思うけど。私としてはなんで今日に限って100円がめったやたら目の前に落ちているのか、ということ。まあ、目の前に落ちていても拾うのには躊躇しているわけだけど。
そんなかつての大金の100円。今では缶ジュースすら買えないところにインフレを感じる。(←いや、違うだろ) 実際に何をするにしてもまず100円1枚で収まることってよほどの事が無い限り無いだろうな、とか思う。今の子供はどう思うのだろう?
最近の世代はどうか知らないけど、小学生の時、たぶん1,2年生のころまでだろうか。100円って身近な大金だった。当時の最高金額貨幣(←500円がお札の時代、って昭和57年以前ってことだな)だったし。とりあえずもらえたらうれしいお金。
思い出してみると昔住んでいた家の近所の駄菓子屋(←パン屋合体バージョンと本当におばあさんが営んでいるバージョンの2箇所)で買い物をすると、とりあえず両手いっぱいにお菓子が買えた。それこそ1個10円20円の世界だから。
そんな中登場したのがビックワンガム。いや、それ以前からあったのかも知れない。それが1個100円!なんて高価なんだ!とか思った。さすがに貴重な100円は使えずに親とかにねだって買ってもらったような。
そのうち150円のデラックスビックワンガムなんて登場したときはもう高嶺の花。だから当時の”ガンプラ”、1/144なんて本当によっぽどの事がないと買ってもらえなかったし。当時の大人気商品なんで欲しくてお金があっても手に入らなかったけど。
なんでそんな昔話を思い出したかというとなぜか100円と遭遇することが多い日だったから。いや、別に財布の中には100円くらいは入っているけど。電車に乗って珍しく椅子に座れたが、横に座っていた人が椅子から立ち上がるとなぜかそこに100円が落ちている。
そう、紛れもなく100円。なんで落ちているんだ?たぶん、隣に座っていた人が財布を開け閉めしている拍子に落ちたのだろう。とりあえずまだ車両を降りていなかったその人を呼び止めた。何で私?見たいな感じ。ま、私もその人が落としたのか確信は無いけど。
確かに大金でもないからそう思われても仕方ない、か。でも捨てるようなお金でもないし。そういった意味では微妙な金額なんだな。でも結局のところ、その100円はその人の財布に入っていった。うーん、確かにその人が落としたのかどうかは微妙だな。
で、今度は帰り道。エスカレーターを上がっていて、ふと降り口のところを見るとまたまた100円が落ちている。ちょうどエスカレーターの吸い込み口(←って、言うのかな。正式名称が判らない)に100円がある。当然ながら吸い込まれないのでカタカタ動いている。
前の人に声を掛ける。100円落としましたよ、って。でもその人は私のとは違います!と言う。いや、怒らなくてもいいでしょ。じゃ、誰の?みたいな。よほど拾おうかとも思ったけど下から人は上がってくるし、あの吸い込み口は少し怖いし。
そんなわけで100円はそのまま放置。さすがに人が収まったら誰か拾うだろうとは思うけど。私としてはなんで今日に限って100円がめったやたら目の前に落ちているのか、ということ。まあ、目の前に落ちていても拾うのには躊躇しているわけだけど。
そんなかつての大金の100円。今では缶ジュースすら買えないところにインフレを感じる。(←いや、違うだろ) 実際に何をするにしてもまず100円1枚で収まることってよほどの事が無い限り無いだろうな、とか思う。今の子供はどう思うのだろう?
昨日の続き
現在使っているメールソフトはOutlook Express5.5。知っている人に何でOutlook Expressなの?とかよく言われる。前に書いたように以前はEudoraを使っていた。それも英語版。日本語版は無かったし。バージョンは今さら思い出せない。
それが何時の間にか日本語版が出てきてEudora-Jとかになった。そう、そのころぐらいだったか。なんともEudoraが不安定になってくる。突然保存していてメールデータが全滅!なんて事もあった。確か自動修復機能か何かが修復しようとして失敗。それでデータが消える。
それが何度かあってもう嫌になった。そのときたまたま雑誌のCD-ROMにOutlook Expressが入っていたのでそれで使い始めた。特に理由は無い。あ、ちなみにこの頃はMacintoshしか持っていないので標準のメールソフトとかいう概念は無かった。
それからはOutlook Expressばかり。Windows機を買ったときにメールのデータとかをそのままMacから移せるのが良かった。その後にThunderbirdとかも使ったけど結局はOutlook Express。流石にMac版がなくなったのでMacは標準の”Mail”だけど。
で、そのOutlook Expressだがメールを受信すると途中までメールを受信するが「msimn.exeにエラーが発生しました。エラーログを作成しています‥」で勝手にOutlook Expressは落ちるはエラーログも出力されないは。一体今まで素直なOutlook Expressは何処に行った?
何度か試すが34件のメールのうちに7件目でエラーが発生する。それ以降のメールは受信できない。仕方ないのでMacの”Mail”でメールの受信を行う。これでは上手くいった。例の7件目のメールは銀行からのDMだった。
Mac側の”Mail”でメールを受信してサーバーにメールを残さない設定にしていたから先ほどのメールは全てMacの方へ。おかげでWindows側のOutlook Expressは問題なく動作するようになった。うーん、原因はなんだろう?
おそらく原因であっただろうメールは普通に画像が貼り付けられたもの。試しにウイルスチェックを行ったが検出されず。何かOutlook Expressだけを落とすコードとかが含まれていたのか?その後にその銀行からのお詫びメールも来ていないので不具合は私だけ?
そもそも私の使っているOutlook Express自体のバージョンも古いし‥ だいたい5.5って。そう、ご存知の通りInternetExplorer5.5に付属しているもの。今さら使っている人もほとんど居ないだろうな。多分。 次期メールソフトを考える時期かも知れないな。
現在使っているメールソフトはOutlook Express5.5。知っている人に何でOutlook Expressなの?とかよく言われる。前に書いたように以前はEudoraを使っていた。それも英語版。日本語版は無かったし。バージョンは今さら思い出せない。
それが何時の間にか日本語版が出てきてEudora-Jとかになった。そう、そのころぐらいだったか。なんともEudoraが不安定になってくる。突然保存していてメールデータが全滅!なんて事もあった。確か自動修復機能か何かが修復しようとして失敗。それでデータが消える。
それが何度かあってもう嫌になった。そのときたまたま雑誌のCD-ROMにOutlook Expressが入っていたのでそれで使い始めた。特に理由は無い。あ、ちなみにこの頃はMacintoshしか持っていないので標準のメールソフトとかいう概念は無かった。
それからはOutlook Expressばかり。Windows機を買ったときにメールのデータとかをそのままMacから移せるのが良かった。その後にThunderbirdとかも使ったけど結局はOutlook Express。流石にMac版がなくなったのでMacは標準の”Mail”だけど。
で、そのOutlook Expressだがメールを受信すると途中までメールを受信するが「msimn.exeにエラーが発生しました。エラーログを作成しています‥」で勝手にOutlook Expressは落ちるはエラーログも出力されないは。一体今まで素直なOutlook Expressは何処に行った?
何度か試すが34件のメールのうちに7件目でエラーが発生する。それ以降のメールは受信できない。仕方ないのでMacの”Mail”でメールの受信を行う。これでは上手くいった。例の7件目のメールは銀行からのDMだった。
Mac側の”Mail”でメールを受信してサーバーにメールを残さない設定にしていたから先ほどのメールは全てMacの方へ。おかげでWindows側のOutlook Expressは問題なく動作するようになった。うーん、原因はなんだろう?
おそらく原因であっただろうメールは普通に画像が貼り付けられたもの。試しにウイルスチェックを行ったが検出されず。何かOutlook Expressだけを落とすコードとかが含まれていたのか?その後にその銀行からのお詫びメールも来ていないので不具合は私だけ?
そもそも私の使っているOutlook Express自体のバージョンも古いし‥ だいたい5.5って。そう、ご存知の通りInternetExplorer5.5に付属しているもの。今さら使っている人もほとんど居ないだろうな。多分。 次期メールソフトを考える時期かも知れないな。
テーマ:インターネットサービス - ジャンル:コンピュータ
突然思い出した。
もうかれこれ15年くらい前になるだろうか。初期のネット環境って何かと不自由が多かった。プロバイダとの契約もめんどくさかったし、下手すればプロバイダ料金に基本料金とかオプション料金とかいう括りでもあった。
基本料金はそれこそインターネットに接続するための料金。それにいくつかコースがあって月内の使用時間ごとに10時間、50時間、100時間、無制限でそのプロバイダへ接続するための時間すら限られていたりした。今からは想像もできないだろうけど。
オプション料金にも今から考えられない料金があった。それが”メール料金”。1IDについて月額いくら、みたいな契約だった。今ならプロバイダと契約すればメールアドレスが付いているのが当たり前だから本当にウソみたいな話。
学生の分際でそこまでお金の無かった私は電話代に足してプロバイダ料金とかとてもじゃ無いけど払えない。でも何故か当時の大学は何回線かダイアルアップ接続の口を開放してくれていて、それこそプロバイダ代わりに使ってもいいよ、って感じだった。
しかも学生1人1メールアドレスを付与してくれた。これは非常に有りがたかった。電話代さえ何とか工面すればインターネットに繋げる上にメールアドレスもタダでくれる。でも、その頃は廻りにメールを使う人があまり居なくて‥ それこそ情報系学部の人ぐらいだったか。本当にほんの一握りくらい。
そんなわけでメールの頻度も非常に少ない。月に何本か、くらい。携帯電話のメールがこれだけ飛び交っている世界からは本当に想像もつかないだろうな。頻度が少ないせいかメールの保存容量も非常に少なかった。確か5MBくらい。
そう、サーバーの保存容量が1人5MB。それでも当時は意外に多いな、とか思っていた。誰が5MBもメールするの?ってな具合に。そう言えば普通のプロバイダのメール保存容量も容量ごとに価格が段階的に上がっていたような。
そんなこんなな日々、メールソフト(←今は無きEudora)を使おうとしたがエラーが発生してメールの受信が出来ない。なんだ?最初はソフトの不具合、次にネットワークの設定の問題かと思ったが全く理由がわからなかった。あんまり判らないので大学の担当者に聞いてみた。
「メールの保存容量がいっぱいですね。」そう。メールの保存容量が5MBを超えてしまったためにエラーが発生していた、とのこと。え?保存容量がいっぱいになったら勝手に古いものから削除されるとばかり思っていた。早速古いメールを削除。普通にメールの送受信が行えるようになった。
本当に今から考えると嘘みたいに遠い昔の話のようだ。そんな小さいところから今のネット社会になったのかと思うとちょっと感慨深い。ってなんでこんなことを思い出したかというとメールが受信できないエラーが出たから。何故? 次回に続く。
もうかれこれ15年くらい前になるだろうか。初期のネット環境って何かと不自由が多かった。プロバイダとの契約もめんどくさかったし、下手すればプロバイダ料金に基本料金とかオプション料金とかいう括りでもあった。
基本料金はそれこそインターネットに接続するための料金。それにいくつかコースがあって月内の使用時間ごとに10時間、50時間、100時間、無制限でそのプロバイダへ接続するための時間すら限られていたりした。今からは想像もできないだろうけど。
オプション料金にも今から考えられない料金があった。それが”メール料金”。1IDについて月額いくら、みたいな契約だった。今ならプロバイダと契約すればメールアドレスが付いているのが当たり前だから本当にウソみたいな話。
学生の分際でそこまでお金の無かった私は電話代に足してプロバイダ料金とかとてもじゃ無いけど払えない。でも何故か当時の大学は何回線かダイアルアップ接続の口を開放してくれていて、それこそプロバイダ代わりに使ってもいいよ、って感じだった。
しかも学生1人1メールアドレスを付与してくれた。これは非常に有りがたかった。電話代さえ何とか工面すればインターネットに繋げる上にメールアドレスもタダでくれる。でも、その頃は廻りにメールを使う人があまり居なくて‥ それこそ情報系学部の人ぐらいだったか。本当にほんの一握りくらい。
そんなわけでメールの頻度も非常に少ない。月に何本か、くらい。携帯電話のメールがこれだけ飛び交っている世界からは本当に想像もつかないだろうな。頻度が少ないせいかメールの保存容量も非常に少なかった。確か5MBくらい。
そう、サーバーの保存容量が1人5MB。それでも当時は意外に多いな、とか思っていた。誰が5MBもメールするの?ってな具合に。そう言えば普通のプロバイダのメール保存容量も容量ごとに価格が段階的に上がっていたような。
そんなこんなな日々、メールソフト(←今は無きEudora)を使おうとしたがエラーが発生してメールの受信が出来ない。なんだ?最初はソフトの不具合、次にネットワークの設定の問題かと思ったが全く理由がわからなかった。あんまり判らないので大学の担当者に聞いてみた。
「メールの保存容量がいっぱいですね。」そう。メールの保存容量が5MBを超えてしまったためにエラーが発生していた、とのこと。え?保存容量がいっぱいになったら勝手に古いものから削除されるとばかり思っていた。早速古いメールを削除。普通にメールの送受信が行えるようになった。
本当に今から考えると嘘みたいに遠い昔の話のようだ。そんな小さいところから今のネット社会になったのかと思うとちょっと感慨深い。ってなんでこんなことを思い出したかというとメールが受信できないエラーが出たから。何故? 次回に続く。
連休も山場、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
でも今年の連休、3日が土曜日だったので今日までは週休2日制であれば普通の状態でも休み。そんなわけで今ひとつ連休気分を味わえないでいる。こう、土曜日日曜日とかぶらないで月曜〜木曜日と休みならばまた違うのだろうけど。
そんなわけで今回の5月3日は昼寝とインターネットの無料動画を見て過ごし、日曜日は買い物に出かけた。まさに普段の土日と変わらない、というかほとんど同じ過ごし方。インターネットの無料動画界(ってそんなものあるのか?)は5月連休を照準にしたような感じだし。
普段と唯一違うことと言えば視聴する動画の長さくらい。普段なら30分ものばかりだが、さっき言ったようにゴールデンウィーク用に長時間の動画が非常に多くなっている。そんな中で私が視聴したものはベタだけどバンダイチャンネルの「ザブングル・グラフィティ」。
確か84年に「チョロQダグラム」と併映だったと思う。劇場には見に行っていない。当時は小学生だし、そのとき観に行っていた映画ってせいぜい「ドラえもん」くらい。何のレベルの差があるのか判らないけど観に行く、行かないはなんか見えない線引きがあったのだろうな。
何となく、ザブングルとダグラムって地に足のついたドラマだったので埃っぽい感じが未だにする。ダグラムは総集編とかでしか見た事がない。確かテレ東が映らなかったとかそんな理由で。でもポスターとかプラモの箱画を見ている限りは本当に埃っぽい感じ。
そんなザブングルの映画。総集編。テレビ本編は当時の富野作品らしくハッピーエンドでは無かった。「皆殺し」ではないけど「エルガイム」並み。というかエルガイムよりは少しマシな位の落ち。物語の最初の方の明るい作風は何処に行ったのかね、って雰囲気。
ところが、である。「ザブングル・グラフィティ」の方は落ちが違う。まあハッピーエンドだろう。最後は皆で走って終わり。ティンプも居るぐらいだし。でも、最初の作風から考えるとこのくらいの方がいいのかも知れない。
そもそも話の筋的に行けば「ナウシカ」(←原作の方)的な展開があるにも関わらず、登場人物はその状況を悲観もせずに流してしまう。なるほど。シビリアンの作った”新人類”っていうのは物事をさらっと流す潔い人類を作ることが目的だったんだね。そう考えると納得できそうな。
ふと思い浮かんだ。「ザブングル・グラフィティ」の落ち。誰も知らないラストシーン。という事は‥ 劇場版Zガンダム!なるほど。劇場版の総集編になったとたんにテレビ版とは違う新たな展開。これと同じ手法なんだな。
ほんと、ザブングルもZガンダムも最後のギリギリまで同じ展開なのにどんでん返し。でも、ザブングルの方がまだ違和感が無い。って作風の違いのせいだろうな。Zガンダムはある意味強引な展開だったわけで。さらにZZにまで影響がある、というのは罪作りだな。どうなる、ZZ?(←いまさら)
でも今年の連休、3日が土曜日だったので今日までは週休2日制であれば普通の状態でも休み。そんなわけで今ひとつ連休気分を味わえないでいる。こう、土曜日日曜日とかぶらないで月曜〜木曜日と休みならばまた違うのだろうけど。
そんなわけで今回の5月3日は昼寝とインターネットの無料動画を見て過ごし、日曜日は買い物に出かけた。まさに普段の土日と変わらない、というかほとんど同じ過ごし方。インターネットの無料動画界(ってそんなものあるのか?)は5月連休を照準にしたような感じだし。
普段と唯一違うことと言えば視聴する動画の長さくらい。普段なら30分ものばかりだが、さっき言ったようにゴールデンウィーク用に長時間の動画が非常に多くなっている。そんな中で私が視聴したものはベタだけどバンダイチャンネルの「ザブングル・グラフィティ」。
確か84年に「チョロQダグラム」と併映だったと思う。劇場には見に行っていない。当時は小学生だし、そのとき観に行っていた映画ってせいぜい「ドラえもん」くらい。何のレベルの差があるのか判らないけど観に行く、行かないはなんか見えない線引きがあったのだろうな。
何となく、ザブングルとダグラムって地に足のついたドラマだったので埃っぽい感じが未だにする。ダグラムは総集編とかでしか見た事がない。確かテレ東が映らなかったとかそんな理由で。でもポスターとかプラモの箱画を見ている限りは本当に埃っぽい感じ。
そんなザブングルの映画。総集編。テレビ本編は当時の富野作品らしくハッピーエンドでは無かった。「皆殺し」ではないけど「エルガイム」並み。というかエルガイムよりは少しマシな位の落ち。物語の最初の方の明るい作風は何処に行ったのかね、って雰囲気。
ところが、である。「ザブングル・グラフィティ」の方は落ちが違う。まあハッピーエンドだろう。最後は皆で走って終わり。ティンプも居るぐらいだし。でも、最初の作風から考えるとこのくらいの方がいいのかも知れない。
そもそも話の筋的に行けば「ナウシカ」(←原作の方)的な展開があるにも関わらず、登場人物はその状況を悲観もせずに流してしまう。なるほど。シビリアンの作った”新人類”っていうのは物事をさらっと流す潔い人類を作ることが目的だったんだね。そう考えると納得できそうな。
ふと思い浮かんだ。「ザブングル・グラフィティ」の落ち。誰も知らないラストシーン。という事は‥ 劇場版Zガンダム!なるほど。劇場版の総集編になったとたんにテレビ版とは違う新たな展開。これと同じ手法なんだな。
ほんと、ザブングルもZガンダムも最後のギリギリまで同じ展開なのにどんでん返し。でも、ザブングルの方がまだ違和感が無い。って作風の違いのせいだろうな。Zガンダムはある意味強引な展開だったわけで。さらにZZにまで影響がある、というのは罪作りだな。どうなる、ZZ?(←いまさら)
テーマ:とりあえずまぁいろいろと・・・ - ジャンル:その他


