まつり
最近、”祭り”って聞くとネットで何か盛り上がっているのかな?とか思ってしまう自分が悲しい。確かにネット上ではいつもどこかしらで”祭り”が発生しているし。中には”炎上”だか”祭り”だか判らない状況だな。実際の用語上の違いはあるのだろうけど。
もともと「神様をたてまつる」ところの”まつる”から”まつり”になったような話だそうな。しかも行為自体の原型って天照大神の岩戸隠れの故事から天の岩戸前での大騒ぎだと言う話。おお、大騒ぎですか。っていう事はネット上の”祭り”と全く同じだな。
で、本当の祭り。なんだろう、”リアルまつり”って言った方が今では通じるのではないだろうか?どうも夏前と秋の終わりに集中している。秋の終わり、というと豊作とか農業と連動しているような感じだろうな。五穀豊穣を祈る、というか。
でも五穀豊穣を祈るなら田植えとかの前にしてもいいような。で、収穫後に祭りを行うというのなら大前提として”豊作”でないと出来ない。なにせ”不作”ならば祭りなんて行っている状態にはならないし。実際はどうかわからないけど。
あくまで推測だけど五穀豊穣のお礼のために祭りをする、と言うのであれば結果論であって調子のいい時だけ神様を持ち上げて‥ とかになるのも変な話だからやっぱりここは豊作だろうが不作だろうが祭りって行われていたのかな?とか思う。
では夏祭りってなんでこのタイミングに行われるのだろうか?7月の祭りで大きいと言えば京都の祇園祭だな。行った事ないけど。日程を調べて見ると7月の1ヶ月中、祭りの行事で埋まっている。おお、京都の人って7月中はとんでもなく忙しいのだろうな。
もう一つの祇園祭りと言うと‥ 博多の祇園山笠だ。おお、”祭り”ではなくて”山笠”になった。間違っても”山笠祭り”とは言わないだろうな。(←でも本当はどうかわからない)祭りなのに”まつり”の名が冠されないって事をはじめて知った。
ちなみに博多祇園山笠についても調べてみたが7月の半ばで終わる。と、いうことは博多の人たちは京都の半分くらい大変って事だろうな。でも実際にどのくらい大変なのかなやっぱりわからないけど。博多祇園山笠は見に行ったことがある。
そうか。祇園祭っていうのは7月にやるもんなんだな。で、何の神様を祀るのかといえばお祇園さん。元は牛頭天王っていう仏教でいうところの祇園精舎の守護神らしい。しかも大元はインドの神様だったとか。
そう言えば地元に元々いる神様を後から出てきた神様が編入しちゃうとかっていうのは良くある話。日本の神様はことごとくそんな感じとか聞いたことある。何処まで本当かわからないけど。元々いた神様なんであんまりぞんざいに扱うことは出来ないからなあ。
さらにはスサノオも一緒に祀るそうだ。そう、スサノウという事はまさに”祭り”の原型となった”天岩戸の岩戸隠れ事件”の一方の当事者、原因の神だもんなあ。ここで祭りの原点につながる、と。なかなかドラマチックな話だな。
この2人の神様、共通点がある。そりゃ、二人一緒に祀るのだから共通点が無いとおかしな話になる。その共通点が”厄病神”なこと。不吉な神様。確かにスサノオって厄病神だろうな。悪さばかりしていたって事だし。でもヤマタノオロチを倒したりもしているけど別人のようだ。
もう一人の牛頭天王もかなりの疫病神だそうな。その内容が本当に疫病神。悪い病気を流行らせる神様との事。ここまで考えると神様にいい神様、悪い神様が存在しているのって決して神様を絶対神だと考えていない証拠だな。なんて言うのか、高次生命体って扱い。まさにSF。
そんな疫病神をあわせて祀る、ということで祇園祭は悪い病気が流行らないように祈るための祭りというわけか。確かに疫病神には大人しくしていて欲しい。だから祀る、というのであれば結果論ではなく事前になんとかして欲しい、という希望なんだな。
では何故7月の時期に?とか思ったけど、夏って悪い病気が流行りやすかったのかな?だから病気が大発生する前にこの”祇園祭”を行う、と。確かに夏は物が腐りやすくなるし蚊の媒介する病気も流行りやすいからだろうな。でも、この時期は暑いだろ。
最近、”祭り”って聞くとネットで何か盛り上がっているのかな?とか思ってしまう自分が悲しい。確かにネット上ではいつもどこかしらで”祭り”が発生しているし。中には”炎上”だか”祭り”だか判らない状況だな。実際の用語上の違いはあるのだろうけど。
もともと「神様をたてまつる」ところの”まつる”から”まつり”になったような話だそうな。しかも行為自体の原型って天照大神の岩戸隠れの故事から天の岩戸前での大騒ぎだと言う話。おお、大騒ぎですか。っていう事はネット上の”祭り”と全く同じだな。
で、本当の祭り。なんだろう、”リアルまつり”って言った方が今では通じるのではないだろうか?どうも夏前と秋の終わりに集中している。秋の終わり、というと豊作とか農業と連動しているような感じだろうな。五穀豊穣を祈る、というか。
でも五穀豊穣を祈るなら田植えとかの前にしてもいいような。で、収穫後に祭りを行うというのなら大前提として”豊作”でないと出来ない。なにせ”不作”ならば祭りなんて行っている状態にはならないし。実際はどうかわからないけど。
あくまで推測だけど五穀豊穣のお礼のために祭りをする、と言うのであれば結果論であって調子のいい時だけ神様を持ち上げて‥ とかになるのも変な話だからやっぱりここは豊作だろうが不作だろうが祭りって行われていたのかな?とか思う。
では夏祭りってなんでこのタイミングに行われるのだろうか?7月の祭りで大きいと言えば京都の祇園祭だな。行った事ないけど。日程を調べて見ると7月の1ヶ月中、祭りの行事で埋まっている。おお、京都の人って7月中はとんでもなく忙しいのだろうな。
もう一つの祇園祭りと言うと‥ 博多の祇園山笠だ。おお、”祭り”ではなくて”山笠”になった。間違っても”山笠祭り”とは言わないだろうな。(←でも本当はどうかわからない)祭りなのに”まつり”の名が冠されないって事をはじめて知った。
ちなみに博多祇園山笠についても調べてみたが7月の半ばで終わる。と、いうことは博多の人たちは京都の半分くらい大変って事だろうな。でも実際にどのくらい大変なのかなやっぱりわからないけど。博多祇園山笠は見に行ったことがある。
そうか。祇園祭っていうのは7月にやるもんなんだな。で、何の神様を祀るのかといえばお祇園さん。元は牛頭天王っていう仏教でいうところの祇園精舎の守護神らしい。しかも大元はインドの神様だったとか。
そう言えば地元に元々いる神様を後から出てきた神様が編入しちゃうとかっていうのは良くある話。日本の神様はことごとくそんな感じとか聞いたことある。何処まで本当かわからないけど。元々いた神様なんであんまりぞんざいに扱うことは出来ないからなあ。
さらにはスサノオも一緒に祀るそうだ。そう、スサノウという事はまさに”祭り”の原型となった”天岩戸の岩戸隠れ事件”の一方の当事者、原因の神だもんなあ。ここで祭りの原点につながる、と。なかなかドラマチックな話だな。
この2人の神様、共通点がある。そりゃ、二人一緒に祀るのだから共通点が無いとおかしな話になる。その共通点が”厄病神”なこと。不吉な神様。確かにスサノオって厄病神だろうな。悪さばかりしていたって事だし。でもヤマタノオロチを倒したりもしているけど別人のようだ。
もう一人の牛頭天王もかなりの疫病神だそうな。その内容が本当に疫病神。悪い病気を流行らせる神様との事。ここまで考えると神様にいい神様、悪い神様が存在しているのって決して神様を絶対神だと考えていない証拠だな。なんて言うのか、高次生命体って扱い。まさにSF。
そんな疫病神をあわせて祀る、ということで祇園祭は悪い病気が流行らないように祈るための祭りというわけか。確かに疫病神には大人しくしていて欲しい。だから祀る、というのであれば結果論ではなく事前になんとかして欲しい、という希望なんだな。
では何故7月の時期に?とか思ったけど、夏って悪い病気が流行りやすかったのかな?だから病気が大発生する前にこの”祇園祭”を行う、と。確かに夏は物が腐りやすくなるし蚊の媒介する病気も流行りやすいからだろうな。でも、この時期は暑いだろ。


