下衆の勘繰りの話。
ごくごく、たまにある話だけど恐ろしく勘が働くことがある。いくつか発生する事象から推測するけど、それがものの見事に当ってしまうことがある。そう、その過程はまさに推理小説ばり。あくまで”ばり”だろうけど。でも当ったときはそれは格別。
でも格別で無いことも結構多い。なんて言うのか、真実を知ってしまったばかりに悲しい現実を見せられる、というもの。考えたら推理小説なんてそんなオチのオンパレード。全てが解決してメデタシ、とならないところが味噌なんだろうな。
でもそれが自分の身に降りかかる物事であるとか自分に近い人たちの話であるとかなり悲しくなる。読みが大当たり!俺って推理王!と思う反面、なんで知ってしまったんだ、悲劇の人だー、とが半々。というより悲劇面の方が間違いなく大きいけど。
この前からの”クビ騒動”なんて知ってしまったばかりの悲劇って感じもしないでもないけど、気が付こうが知っていようが知らなかったであろうが最後は”クビ”って言われるのだから。なんかどっちでも一緒かなとも思う。
この件もまさに状況証拠の積み重ね。仕事の量が減っている、とか事業所への人の出入りが少ないとかその辺り。でも、そんな事象の積み重ねで”クビ”まで行き着くところを考えるなんてどんだけ普段から後ろ向きに生きているの?とか。
ま、人間、いろいろ考えるわけで私の場合、それがどちらかと言うと悪い方、ネガティブに考えるところが問題。でも待てよ、これまで勘が当ったほとんどの場合はどちらかと言うと悪い方ばかり。ああ、何てネガティブなんだろう。
でもこれも考え方。悪い方に考えるから物事は悪い方に進むとも思える。じゃ、逆にポジティブに考えていたら物事は良い方向に進んでいったのだろうか?というと少し微妙かな。悪い方向に考えるのはそれなりに理由があるからで、それを捻じ曲げて良い方に解釈、とかはちょっと違うような。
ネガティブ的には 事象が発生→発生して欲しくない悪い事象と捕らえる→実際に事件発生
となる。逆にポジティブ的には 事象が発生→発生して欲しい良い事象と捕らえる→実際に事件が発生 って結局はそれがその人にとって良いか悪いかの二元論だけですか?
悪いことだ、と捕らえれば悪い事象となり、良いことだ、と捕らえればよい事象となり、って単純な事象で捕らえればいいけどそんなことは無いし。結局のところ、良い悪いの判断はその時点での判断でしかなくて後で考えると良い悪いの判断もまた変化する。
でもなー。やはり悲劇は悲劇だな。悲しい。悲しい話。後から良いことだった、とは思えないことも多い。その時に思うことが、何故あの時に真実を知ってしまったのか、という事実だけ。この辺りの悲しさは時間だけしか解決方法が無いのかな?
ごくごく、たまにある話だけど恐ろしく勘が働くことがある。いくつか発生する事象から推測するけど、それがものの見事に当ってしまうことがある。そう、その過程はまさに推理小説ばり。あくまで”ばり”だろうけど。でも当ったときはそれは格別。
でも格別で無いことも結構多い。なんて言うのか、真実を知ってしまったばかりに悲しい現実を見せられる、というもの。考えたら推理小説なんてそんなオチのオンパレード。全てが解決してメデタシ、とならないところが味噌なんだろうな。
でもそれが自分の身に降りかかる物事であるとか自分に近い人たちの話であるとかなり悲しくなる。読みが大当たり!俺って推理王!と思う反面、なんで知ってしまったんだ、悲劇の人だー、とが半々。というより悲劇面の方が間違いなく大きいけど。
この前からの”クビ騒動”なんて知ってしまったばかりの悲劇って感じもしないでもないけど、気が付こうが知っていようが知らなかったであろうが最後は”クビ”って言われるのだから。なんかどっちでも一緒かなとも思う。
この件もまさに状況証拠の積み重ね。仕事の量が減っている、とか事業所への人の出入りが少ないとかその辺り。でも、そんな事象の積み重ねで”クビ”まで行き着くところを考えるなんてどんだけ普段から後ろ向きに生きているの?とか。
ま、人間、いろいろ考えるわけで私の場合、それがどちらかと言うと悪い方、ネガティブに考えるところが問題。でも待てよ、これまで勘が当ったほとんどの場合はどちらかと言うと悪い方ばかり。ああ、何てネガティブなんだろう。
でもこれも考え方。悪い方に考えるから物事は悪い方に進むとも思える。じゃ、逆にポジティブに考えていたら物事は良い方向に進んでいったのだろうか?というと少し微妙かな。悪い方向に考えるのはそれなりに理由があるからで、それを捻じ曲げて良い方に解釈、とかはちょっと違うような。
ネガティブ的には 事象が発生→発生して欲しくない悪い事象と捕らえる→実際に事件発生
となる。逆にポジティブ的には 事象が発生→発生して欲しい良い事象と捕らえる→実際に事件が発生 って結局はそれがその人にとって良いか悪いかの二元論だけですか?
悪いことだ、と捕らえれば悪い事象となり、良いことだ、と捕らえればよい事象となり、って単純な事象で捕らえればいいけどそんなことは無いし。結局のところ、良い悪いの判断はその時点での判断でしかなくて後で考えると良い悪いの判断もまた変化する。
でもなー。やはり悲劇は悲劇だな。悲しい。悲しい話。後から良いことだった、とは思えないことも多い。その時に思うことが、何故あの時に真実を知ってしまったのか、という事実だけ。この辺りの悲しさは時間だけしか解決方法が無いのかな?
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記


